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大震災と原発事故のこと(3)

福島県支部2011.12.20
前回の記事の続きです。 宮城県柴田町には7月初めに引っ越しました。当時の放射線量は、福島市の自宅前で毎時1.0マイクロシーベルト前後、柴田町のアパート前で毎時0.2マイクロシーベルト前後でしたから、単純計算で被曝量は5分の1になると考えられました。最初のうちは、日常生活に必要なお店がどこにあるのかもわからず、知り合いもまったくいない状態なので大変でしたが、少しでも安全な環境で子供を育てるためには、このぐらいの不便は仕方がないと思いましたし、住み続けるうちに慣れてくるだろうと考えていました。 私たちの部屋はアパートの2階でした。4歳ともうすぐ1歳の娘がいますから、階下に迷惑をかけると思い、床全面に防音マットを敷き詰めたうえで、早めに挨拶をしておきました。「子供が小さいうちは仕方ないんだから、気にしないで」と言っていただきましたが、その当時から、子供が歩いたり大声をあげたりすると、床下からドンと音がしていたのです。引っ越し当初はまだ歩かなかった次女も、1歳を過ぎると歩き始め、何歩か歩いては尻もちをつくようになりました。それにつれて階下からのドンという音も頻度が増してきましたので、明らかに「うるさい」と言われていると思い、子供たちを静かにさせようとしましたが、4歳の長女はまだしも、1歳の次女に歩くな転ぶなというのは無理な話で、階下から床を突き上げるようにドンッとされてはビクッとするという生活になっていきました。しかし、階下の住人に外で会ったときに謝ると、「いいんだよ、気にしないで」と言うのです。彼らの真意がわからないまま、数か月が過ぎました。 11月半ばごろ、私の留守中に、妻が階下の奥様から口汚く罵られるという事件がありました。要は「うるさいから出て行け」というのです。思わず妻が言い返した言葉に逆上したらしく、その日から床を突き上げるようなドンドンという音が非常に激しくなりました。妻も子供たちもおびえていましたので、翌日から妻子だけを福島市の自宅に帰すことにしました。私は仕事のために残りましたが、私一人ならうるさいこともなく、階下の住人も落ち着くだろうと考えていました。しかし、その考えは甘かったのです。妻子を帰したその日の夜、私が買い物に出かけて帰ってくると、アパートの階段の上り口に階下の奥様が待ち構えていました。そして、妻が言い返した言葉に対する謝罪を要求するのです。このとき既に不動産会社に相談していましたので、当事者間で話すよりも第三者を交えて話すことを提案しましたが、相手は納得しません。数分間のやりとりの後、彼女は私の胸倉をつかむと、殴りかかってきました。 お恥ずかしい限りですが、私は殴られるままでした。階下の旦那様が大声と騒音を聞きつけて出てきて、奥様を止めてくれました。明らかに暴行事件ですので、私は警察を呼びました。話を聞くと、階下の奥様は心を病んでおり、3月の震災以来、悪化していたようです。旦那様の自動車は津波で流され、会社の同僚も何人か津波で命を落とされたらしく、そこに私たちが避難区域でもない福島市から自主避難してきて、私は一日じゅう家にいるのでニートのように見え、県からいろいろと援助を受けているようだということで、自分たちも被災者なのにどうしてあいつら(私たちのこと)だけ、と不満を募らせていたようです。同じ震災で被災した土地に避難することの難しさを痛感する出来事でした。 これをきっかけに私たちは福島市に戻ることを決め、12月初めに引っ越してきました。知らない土地でゼロから生活を立ち上げる気力はもう残っておらず、これからずっと福島市で暮らしていくことになると思います。原発事故から9か月以上たった今でも、相変わらずリビング室内でさえ毎時0.4マイクロシーベルト前後を記録していますが、食べ物や飲み物などに気をつけながら、なんとか耐えて乗り切っていくしかないのだと思います。話を聞くと、震災以降に各地に自主避難したものの、本格的な冬を前にして福島に戻ってくる人たちが増えているとのこと。いろいろな事情があると思いますが、慣れない避難先での生活に疲弊して、やむなく戻ってくる人たちも多いのではないでしょうか。 つい先日、日本政府は原発が「冷温停止状態」になり、事故は「収束した」と発表しました。これは私たち福島県民の苦悩に満ちた生活の実態を、直視するどころか一顧だにしない暴論であり、絶対に受け入れることはできません。しかし、私のような一個人がどれだけ声を上げたところで、その声が政府に届くことはないでしょう。それでも、1人でも多くの方々に、小さな子供を抱えて右往左往する私たちのような人々の姿をわかっていただきたく、この3回にわたる記事を書きました。とても冗長で読みにくい文章ですが、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。